えせ随筆家たもやん
本日より4日間で、
日頃の喧騒を離れ十分なリフレッシュができるであろうか。
出発時、頭の中には、アリスの“狂った果実”が流れていた。
まだ日常の喧騒の中にいるようである。
大平高原にて。
深い緑というよりも後方から日の光を浴びて
明るく澄んだ緑のトンネルを抜けると、展望台に出た。
南木曽岳が眼前にそびえ、印象的だ。
大平の廃村は有志の手できれいに保存されていた。
ただ所々に監視カメラが目を光らせていたのが少し興ざめである。
まさに徒然草の“この木、無からましかば・・・”の世界である。
数キロ飯田方面に下ると“猿庫の泉”
という名水百選にも選ばれた湧水がある。
そこで一息いれていると、
大きなポリタンクを2つ下げた老夫婦がやってきた。
なんでも、ここの水でアトピーが治ったという話を聞き、
はるばる岡崎から孫のためにやってきたということであった。
近頃では珍しい、なんとも暖かい話である。
帰りに、お孫さんの成長を願いつつ、
ポリタンクを1つ運ばせてもらった。
飯田に出れば本日の宿泊地、駒ヶ根までは30キロほどである。
この区間、中央アルプスと南アルプスの展望が左右に開け、
非常に気分の良いルートなのだが、
本日はあいにく雲に隠れ、両アルプスとも望めない。
いつものように駒ヶ根高原スキー場の草の上にしばらく寝転んだ後、
馴染の某宿に帰る。出迎えの言葉は“お帰り”である。
まさに“帰る”という感覚である。
ここは私にとって1つのオアシスである。
いや、私のみならず多くの者にとってそうであるようだ。
その証拠に、ここには数多くのリピーター、つまり常連客がいる。
私は今日が4回目だが、本日が10回目以上という者もいた。
霧雨。レインウエアに身を包みオアシスを後にする。
岡村孝子を口ずさむ。とても落ち着いた朝である。
出発が遅かったせいか、すぐに昼がきた。
堀金村、常念岳の美しく見える公園。
すべり台や、名前は知らないが昔遊んだ遊具に興じながら昼食。
まもなく親子連れがやってきたので場所を譲る。
若い母親が、良くこんな公園を見つけたね、と語り掛けてきた。
もちろん偶然見つけたのである。しばらく旅の話などをして出発。
またひとつ、私だけの穴場が増えた。
常念岳の美しく見える公園より
大町から鬼無里へ、県道31号に入る。
2年前と比べ、断然整備されていた。
オリンピック様さまといったところだろう。
ただ、ここまで立派にする必要があるのかと疑問に思う。
美麻を過ぎて県道36号へ。
小川村を抜けるこのルートが私は好きである。
天気が良ければ北アルプスの雄大な眺望が開け、
峠を越えれば戸隠連峰も姿をあらわす。
しかし今日もあいにく雲が厚い。戸隠に着くと鏡池へと向かった。
ここは湖面に戸隠連山が逆さに写るという美しい場所らしいが、
それも見れなかった。
どうも今回の旅は、あまり風景に恵まれていないようだ。
その分、見ず知らずの人とのさりげない会話が印象に残る。
これも旅の醍醐味である。
いや、常に1人である分、心に深く染みわたるだけかもしれないが。
5月3日、朝からどしゃ降りである。
黒姫高原のとあるペンションに寄りたかった。
3月にスキーに来たときお世話になった所である。
その時食事に出た野沢菜をもう1度食べたくて、
送ってもらおうと考えていたのである。
しかし、このずぶ濡れのカッパ姿では、
かえって迷惑だろうということでパスした。
また夏に登山にでも来よう。
姨捨駅。
更埴市内から楽しいワインディングを上ったところにあるこの場所は、
姨捨山の伝説で有名なところである。
“昔、老人の大嫌いな殿様がいて、
70歳になった老人はすべて山に捨てるようにという御触れを出した。
しかし親孝行な若者は母親を捨てることができず床下にかくまった。
その頃、隣国より使者が来て難題を出された。
答えられなければ国を滅ぼすというのである。
困った殿様は国中に答えられる者を探した。
それを聞きつけた若者は床下の母に尋ね、見事に解決してみせた。
殿様はこの若者に、何でも欲しい物を与えよう、といった。
若者は母のことを話し、殿様も老人の知恵の大切さ必要性を感じ、
姨捨の御触れを破棄した。”という話である。
もう一つこの地は、鉄道マニア達にとっても有名なところである。
全国でも珍しいスイッチバックのある駅なのである。
この日も、数人の鉄ちゃんが訪れていた。
さらに特筆すべきは、この駅の眼下に広がる眺めである。
千枚田の向こうに千曲川
そして鉄道の9つの駅が望めるというものである。
わたしも、日本三大車窓の1つにあげられる、
ここからの景色をしばらくぼんやりと眺めつつ
優雅なひとときを過ごした。
4日、やっと快晴に恵まれた。
本日は蓼科を出てR152経由で帰る予定だ。
茅野市内は御柱祭で賑わっていた。
昨夜の宿でも東京からこの祭に参加しに来たバイク乗りが同室だった。
6年後、次回は是非参加しよう。
あちこち通行止めで、かなり大回りしたすえ、やっとR15?に合流する。
この山深い国道も分杭峠が通行止めのため途中から迂回することになった。
今日もアルプスの眺望はきかない。
どうもアルプスに縁の無い旅になってしまった。
しかし、次回の楽しみということで寛大に受けとめよう。
2日目以降、ツーリングのバックミュージックには
岡村孝子が流れつづけていた。
穏やかに4日間が過ぎ去って行った。
そして再び都会の喧騒の中へと帰っていったのである。